やわらかい花園

「頭の中の妖精って知ってる?」
「え?」
「頭の中にはね、妖精が住んでいるの。私たちは彼らに逆らえない。頭の中の妖精は絶対なの」
いつからだろう、彼女がそんな事を言い始めたのは。最初に出会った時はこんなに電波だっただろうか?いや、へんてこな彼女だったからこそ私は惹かれたのかもしれない。私以外友達がいないんだもの、電波話を聞いてあげられるのは私しかいないし、私以外誰も彼女に近づこうとしない。いわば、この怪会話によって私と彼女は二人だけの花園を作り出すことができる。そんな時空間を私はとても愛おしく思う。彼女の話を聞きながらそんな事を思いつつ、私は適当なタイミングで相槌を打っていた。
「今もね、私の頭の中の妖精は命令を下してる。いや、命令を下すってほどかたくはなくて、駄々をこねる子供みたいな感じかな。とにかく私の方から何を語りかけても聞こうとはしないのよ。何を言っても駄々をこねるばかりで、忙しなく手足をばたつかせてる。そのまま頭の中の妖精が暴れてると、私も暴れたくなってくるの。決定論的人間観かもしれないけど、私たちには自由意志なんてないのかも。だって全ては頭の中の妖精次第なんだもの」
彼女は語りをやめない。その声は完全な白い球体を思わせた。美しく宙に浮いたやわらかい子守唄。次第に意識が曖昧になり、世界の輪郭が崩壊してゆく。
「ねえ、聞いてるの?」
彼女の檸檬のような声で世界の輪郭が元に戻る。私は適当に謝罪の言葉をかけ、なんとなく窓の外に目を向けると、夕日が美しく世界を淡い朱色に染めていた。
「そろそろ帰ろっか」

 

私と彼女は学園の寮に住んでいて、同じ部屋に住むルームメイトでもある。図書館の談話室で日が暮れるまでお喋りするのが私たちの日課なのだが、ルームメイトなら部屋でやればいいだろうと思われるかもしれない。全くその通りなのだが、彼女は部屋に戻ってシャワーを浴びるとすぐベッドへ入り寝てしまうという特性がある。彼女曰く「最低10時間は寝ないと頭の中の妖精が暴れ出しちゃうのよ」らしい。というわけで愛おしい彼女とのやわらかな花園を保つにはあの日課は絶対に必要となる。
「シャワー先に使わせてもらったわ。ありがとう」
半裸の彼女の全身を目に焼き付ける。ああ、華奢だなぁ。なんという幸福感だろう。
「じゃあわたしはもう寝るわね。おやすみ」
「おやすみなさい」
そのままの格好で寝床に入ると、すぐに静かな寝息が聞こえてくる。彼女の寝顔はなんと無防備なのだろうか。ああ、睫毛長いなぁ。今なら何かしてもバレないだろう、しかしそんな勇気は私にはない。私ももう寝よう。シャワーと課題がまだ残ってたが、まあ朝起きてからで大丈夫だろう。といっても今まで大丈夫だった試しはないのだが。まあいい、私と彼女のやわらかい花園は明日も待っている。それだけで十分だ。

 

 

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